「うちの子は人見知りが激しい…。もしかして、私の愛情は足りてるのかな。」
そんな不安を感じたことはありませんか。
実は私も、保育士として働いていた頃は「人見知りはその子の個性」と考えていました。
ところが母親になり、人見知りの娘を育てるようになると、その考えだけでは済まされませんでした。
年中になった今でも、初めて会う人には目を合わせられず、私の後ろに隠れてしまう娘。
「私の関わり方が悪いのかな」
「愛情は足りてるのかな」
と、自分を責めた日もあります。
この記事では、保育士として見てきた子どもたちと、母親として育てている娘の姿を比べながら、私が気づいた「人見知り」と「本当に気になった子どもの様子」の違いをお伝えします。
「もっと安心できる関わりが必要かもしれない」と感じた子どもの特徴

人見知りだけで、子どもへの愛情の深さを判断することはできません。
これは保育士としてたくさんの子どもたちと関わり、そして母親になった今も変わらない私の考えです。
保育園には、元気いっぱい走り回る子もいれば、周りの様子をじっくり見てから遊び始める慎重な子もいます。
朝、お母さんと離れるのが寂しくて涙を流す子もいました。
子どもの性格も行動も、本当に一人ひとり違います。
だから私は、「人見知りだから心配」「人見知りではないから安心」と考えたことはありません。
保育現場で私が気になっていたのは、人見知りではなく「安心して自分らしさを出せているかどうか」でした。
表情よりも気になったのは「大人の顔色をうかがう姿」
私が特に気になっていたのは、笑顔の多いか少ないかではありません。
子ども自身の気持ちよりも「先生はどう思うかな?」「怒られないかな」と、大人の反応を優先して行動している姿でした。
例えば、
- 遊びたいの気持ちがあるのに先生の顔を見て我慢する
- 「これしてもいい?」と何度も確認する
- 失敗を極端に怖がる
- 怒られていないのに「ごめんなさい」と言う
- 「やりたい」より「怒られない」が先になってしまう
もちろん、このような姿だけで家庭環境や親子関係を判断することはできません。
子どもの気質や体調、その日の出来事など、さまざまな要因が影響するためです。
それでも毎日関わる中で、「この子は安心して失敗できてるかな」「甘えたい時に甘えられているかな」と感じる場面はありました。
私は「愛情不足」という言葉で考えるのではなく、安心して気持ちを出せる環境があるかという視点を大切にしていました。
母親になった今は、保育士だった頃以上に、その大切さを実感しています。

母親になった今、その視点はさらに強くなっているのは確か。
人見知りとは違う「自分を出せない」様子
保育園には、人見知りの子もたくさんいました。
朝はお母さんの後ろに隠れていた子が、しばらくすると友達と笑いながら遊び始める。
最初は緊張していても、安心できると少しずつ自分らしさが出てくる。
そんな姿を何度も見てきました。
一方で、私が気になっていた子どもには別の共通点がありました。
慣れてきても、
- 自分から遊びに入ろうとしない
- 困っていても「助けて」が言えない
- うれしい、悔しいなど感情を表現することが少ない
- 自分の気持ちより周りを優先してしまう
そんな様子が続いていたのです。
もちろん、このような様子だけで「愛情が足りてない」と決めつけることはできません。
子どもの発達や性格、生活環境など、さまざまな背景があるためです。
だから私は、「どうしたらこの子が安心して『やってみたい』『助けて』と言えるだろう」と考えながら関わっていました。
当時は保育士として子どもたちを見ていましたが、母親になった今、その経験を思い返すたびに感じることがあります。
人見知りと、安心して自分を出せないことは、同じではない。
私はその違いを、知識ではなく、人見知りの娘を育てる毎日の中で少しずつ理解していきました。
人見知りが強い我が子を育てて気づいた「愛情は足りてる?」の答え
保育士だった私は、いろいろな子どもたちの姿を見てきました。
だから、母親になって人見知りの我が子へ「この子の個性なんだ」と落ち着いて受け止められると思っていたのです。
でも現実は違いました。
我が子のことになると、保育士としての知識よりも、母親としての不安や心配のほうがずっと大きかったのです。
「このままで大丈夫かな。」
「私の関わり方が悪いのかな。」
「もっと積極的な子だったらよかったのかな。」
そんなことを何度も考えました。
今、初めて子育てをしているパパやママが不安になるのは当然だと思います。
だからこそ伝えたいのは、人見知りだけで愛情の深さを判断することはできないということです。
赤ちゃんの頃から抱っこばかりだった我が子

我が子は赤ちゃんの頃から、とても慎重な性格でした。
児童館へ行けば私の足にしがみつき、支援センターでは知らない子が近づくだけで「抱っこ」と手を伸ばします。
初めて見るおもちゃにも、すぐには手を伸ばしません。
保育士だった私は、「そのうち慣れるよ」と保護者の方へ声をかけていた立場でした。
だから、自分の子どもも自然と慣れていくものだと思っていたのです。
ところが、現実は違いました。
周りの子が元気に遊んでいる横で、娘はずっと私にしがみついている。
「うちの子だけ、どうして…。」
そんな気持ちになることが何度もありました。
「成長すれば変わる」と思っていましたが、年中になった今でも、初めて会う人に話しかけられると目を合わせることができません。
挨拶をしようとしても声が出ず、私の後ろへ隠れてしまいます。
以前の私は、その姿を見るたびに「もっと社交的になってほしい」と願っていました。
でも、家に帰ると娘は別人のようです。
たくさん笑って、たくさん話し、家族には思い切り甘えます。
ふざけ合って笑い転げることも珍しくありません。
その姿を見て、私はようやく気づきました。
外で見せる姿だけが、その子のすべてではないということです。
そのことを、娘から教えてもらいました。
「人見知り=愛情不足」ではないと我が子が教えてくれた
新しい場所へ行くと、まず周りをじっくり観察します。
先生はどんな人かな。
ここは安心できる場所かな。
そうやって自分なりに確かめてから、一歩を踏み出すタイプの我が子。
安心できると分かれば、笑顔が増え、友達とも遊び始めます。
以前の私は、「早く輪に入ってほしい」と思っていました。
でも今は、子どもにはそれぞれ自分のペースがあると思えるようになりました。
大人にも緊張しやすい人がいるように、子どもにも安心するまで時間が必要な子がいます。
私は子育てをしながら、「できるようになること」よりも、「安心して挑戦できること」を大切にしたいと考えるようになりました。

「みんな違ってみんないい。」この言葉、大好き!
元保育士だった私が母親になって感じたこと
母親になって初めて気づいたことがあります。
保育士として子どもたちを見ることと、我が子を育てることは、まったく違うということです。
現場に立つと一人ずついろんな姿がありそれでいい、それがいい、と思って見守れていました。
ところが我が子になると、周りと比べて落ち込み、「どうしてこうなのかな?」「私の何がいけなかったのかな」と自分を責める日もありました。
保育士という経験があっても、母親になれば悩みは尽きません。
それでも娘のおかげで私の価値観は少しずつ変わりました。
保育現場で見えていた景色と、母親になって見えた景色は同じではありません。
だからこそ今は、一人の母親として感じたこと、見えた世界があります。
まとめ:愛情は足りてる?人見知りだけでは分からない大切なこと
「子どもへの愛情は足りてるのかな。」
そう悩みながらこの記事を読んでくださった方へ、最後にお伝えしたいことがあります。
今まで保育士としてたくさんの子どもたちと関わり、今は母親として一人の娘の人見知りを通して私が実感したことがあります。
人見知りだけで愛情の深さを判断することはできないということです。
もちろん、いつも大人の顔色をうかがったり、自分の気持ちを出せず苦しそうな様子が続く場合は、一人で抱え込まず、園の先生や地域の相談窓口に相談することも大切です。
もし今、「愛情は足りてるのかな」と不安になっているなら、家で見せる笑顔や甘える姿にも目を向けてみてください。
お家と外での姿は違って当たり前。
親子で積み重ねてきた安心がきっと見えてくるはずです。


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